森保一監督

ロシアW杯が終わり、サッカー日本代表の監督に就任した森保一監督。

W杯では西野朗監督がベスト16に導いてくれましたが、森保監督も代表監督に就任以降ほぼ負けなしで素晴らしい采配をされています。

 

ということで今回はそんな森保一監督が有能すぎる件について、過去の経歴や実績、戦術なども交えてみていきたいと思います!

 

森保一監督が有能すぎる

現在、サッカー日本代表監督を務めている森保一監督ですが、素晴らしい経歴はもちろん、戦術や采配にも称賛の声が上がっていて、”有能すぎる“と話題になっています。

森保監督が無能か有能かみたいな感じになってますけどね・・・。

無能ではないでしょう。それは経歴や実績から見ても明らかです。

ここからは、実際に森保監督の経歴や実績を現役時代から監督時代まで見ていこうと思います。

森保一監督の経歴や実績 〜現役時代〜

森保一監督の選手当時(現役時代)のプレースタイルは「守備的ミッドフィールダー」と言われていました。

中盤後方で守りを優先して、相手のボールを奪って相手の攻撃の芽を摘んだり、遅らせることを得意としていた選手でした。

ちなみに、この守備的MFをサッカーの専門用語では「ボランチ」と言われていますが、ポルトガル語で「舵取り」という意味になります。

ですから、試合全体の運びには最も重要なポジションとして位置付けられています。

 

高校(長崎日大高)時代、監督と日本サッカーリーグ(JSL)のマツダ(現サンフレッチェ広島)の監督が知人関係であったことから1987年にマツダに入部します。

しかし、当初は自動車部門の「マツダSC」でプレーをしており、マツダに新監督として就任した「ハンス・オフト」監督に見出されますが、マツダがJSL2部に降格。オフト監督は退団という事態となります。

森保一 現役時代 マツダ

その後「ビルフォルケス」コーチに育てられ、1989年にJSL2部にデビューを果たし、1991年にはマツダとプロ契約を結び、同年JSL1部昇格に貢献。

その翌年にオフト監督が日本代表監督になると日本代表に招集され、アルゼンチン戦で初デビュー。

森保一 現役時代 日本代表

それ以降「ボランチ」は「森保」として定着するようになり、世界中から注目を浴びますが、1993年のアメリカワールドカップアジア予選では悲しからずや、あの「ドーハの悲劇」を体験します。

 

同年の1993年にJリーグが発足、開幕すると「サンフレッチェ広島」の選手として、風間八宏と共にプレーし、1994年のサントリーシリーズのチャンピオンシップでステージ優勝に貢献。

しかし1995年に右足首を脱臼骨折した以降、翌年には日本代表からも招集は掛かりません。

1997年になるとチームの経営が悪化(バブル崩壊の影響)し、その時に恩師オフト監督が率いる「京都パープルサンガ」に移籍。

森保一 現役時代 京都パープルサンガ

しかし、怪我の影響もあって成績が低迷する中、2002年には「ベガルタ仙台」に移籍。

森保一 現役時代 ベガルタ仙台

翌2003年にはJ2に降格し、戦力外通告を受けて2004年1月に現役を引退することになります。

 

このような「森保一」という選手の経緯を拝見すると日本サッカー界の原点から現在に至るまでの経緯を全て知り尽くしているお方(レジェンド)ではないかと感じてしまいますよね。

森保一監督の経歴や実績 〜監督〜

森保一監督

引退した2004年、森保一選手は古巣のサンフレッチェ広島の強化部コーチに就任します。

翌2005年にU-19日本代表コーチを兼務。

2006年AFCユース2006大会において準優勝し、
2007年にはFIFAワールドカップU-20のコーチングスタッフとして参加します。同年の9月にサンフレッチェ広島のチームトップコーチに就任。

 

2010年には「アルビレックス新潟」のヘッドコーチに就任します。

森保一監督

2011年サンフレッチェ広島の経営状況が悪化(リーマンショック)し、ペトロヴィッチ監督との契約を断念する動きの中、次期監督はサンフレッチェ広島の「広島を知る」OBの中から探す動きとなり「森保一」氏が有力な候補として浮上。

2012年に古巣であるサンフレッチェ広島に復帰する事となり、クラブトップチームの監督として迎えられます。

同年、J1の年間リーグ優勝を成し遂げ、翌2013年にも連覇を達成。2014年は8位となったものの2015年には再び年間リーグ優勝をします。

森保一監督

何と4年間で3度の優勝へと導きましたが2017年7月にチーム成績の不振により、監督を自ら辞退します。勿体ないですよね。

 

その後、同年の2017年の10月に「東京オリンピック2020」U-23の日本代表監督に就任し、更に2018年4月にロシアワールドカップ日本代表コーチを兼務。

森保一監督

西野朗監督と共にベスト16入りを果たし、同年7月に日本代表監督の西野朗氏からの申し出(監督辞退)により、日本代表コーチから監督のオファーを請け日本代表監督に就任(昇格)。現在に至っています。

 

指導方法やその手段等は選手時代の経験と指導者として学んだ経験から、ご自身で確立された何か?があるのではと期待する方が多くいらっしゃいます。

でも結果がどうなるのかが監督の使命です。でも、期待していますよ「ポイチ」さん!

森保一監督の戦術やフォーメーションは?

森保一監督

森保一監督の戦術の大きな特徴としては、組織力を最大限に生かし、パスコースを多く生み出すことによって、ボールの支配力を高め、相手ディフェンダーを混乱させながら、中央付近を中心に切り込む戦術が特徴として挙げられます。

パス回しは速く、ミドルゾーンでは1タッチや2タッチで必ず行い、相手スペースの空きを狙って速く正確なパスを通す事でシュートチャンスを得るという狙いです。

 

端的に言えばカウンター攻撃的なスタイルを理想とする監督ですが「日本人の性格に合っている戦術だ」という専門家や評論家も多いことは確かですね。

森保一監督

フォーメーションは、対戦相手や攻守の状況にもよりますが、スタート時は3-6-1に始まり、その後攻撃と守備のフォーメーションの2通りがあり、攻撃は4-1-5で攻めながら、守りになった際には5バックに変化するのが特徴です。

守りに変わった際は攻めのフォーメーションから守りのフォーメーションを作るまでの選手の動き(速さ)が求められますので、選手のピッチ走行距離数や走行範囲が広がる為、体力的にも過酷だと言います。

ですので選手個々の体力も重要な決め手(要素)にもなります。

 

ちなみに、現在の日本選手はパスワークも動きの速さ以外にそのパスの速さとパスの正確さが技術的にも世界レベルになっていると認められているようですが、体力に関してはあまり評価レベルが高くないようです。

もっとも日本人としての体型や食事も関係してくるのでしょうね。

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